ブログをやってまだ一年も経ってないけど、ブログというのは浅いようで深いなぁと感じさせらるわね。
言葉と言葉だけのやりとりで繋がる世界だからね。
これって手紙を書かなくなった現代人の私達にとっては、まさに手紙のような役割をしているんじゃないかと思うわね。
書くことによって考える、思いやる…これって大事ね。
活字しかないから、その活字にこめられたそれぞれの思いというのがあるのね。
それらを読みとるのが楽しくなってきたわ。
だから顔は見えなくとも読んだり書いたりしているうちに今まで見えなかったものが見えてくる。
言葉の持つ力ね…これってあると思う。
不思議なことに体面して付き合うより、こうして活字だけでのお付き合いの方がその人となりというものが見えてくる。
本当に色んな人がいるわよね。
ブログをやってからつくづく感じるのは、人ってのは本当に様々なんだという事ね。
たった一言で傷ついたり、喜んだり、はたまた憎んだり…こちらからすれば、どうしてそんな事と思うような事でも様々な反応が返ってくる。
だから考えるようになったわね。
たった一言書くにしても、色んな人の事を考えて書くようになった。
こう書いたらあの人はどうなるだろう、とか、こう書けばあの人なら解かってくれるだろう、とか…以前にはそこまで細やかに考えずに書いたり、言ったりしてたけど、今は違うわね。
そして何より、たった一言に敏感になっている自分に驚いたわよ。
対面していたら気にならなかった事ですら、気にするようになったし。
それによって自分が見えなかった自分の姿も見えてくるようになったし。
それにしても面白いわ、ブログって。
人間観察の場としても面白い。
自己主張の激しいブログもあれば、お気楽なブログもある。
どっちを読んでいても楽しいけど、読んでいて気分が悪くなる記事もあるわよね。
「執念」…っていうの?それよそれ。
それがあからさまに表れている記事ってのは読んでいて気持ちのいいものじゃないわね。
こだわるとか執着するというのは人間なのだからあって当たり前だと思うけれど、行きすぎると見苦しいの一言に尽きるわね。
いい加減がいい加減って言うじゃない。
何事も行きすぎは宜しくないわね。
いつまでもしつこく自分を主張したがる人がいたりして、それによって他の人が迷惑してる、なんて話はブログをやってると、いくらでも聞くわよね。
可哀想なのは、そういう人達のために被害にあい、ブログを閉鎖しなくてはならなくなった人達ね。
これこそ「迷惑」というものだと思うわ。
だからね、人を恨んだり、自分を主張したり、人と比べたり、なんでも勝手にどうぞと言いたいんだけど、他人に「迷惑」がかかってしまうとなると、それは単なるこだわりではなく「執念」になってしまうわけよ。
この執念ね、良い方へ向けると、とても大きなエネルギーになると思うのよ。
どうしてそれを良い方へ向けられないのか…
考えると「心の貧しさ」なんだな、と思う。
そして、そういう心しか持ち合わせてない人は本当の意味で可愛そうな人だと思うわね。
いつまでも負のエネルギーにとらわれて抜けられない。
これって自分で自分を生き地獄に追いやってるとしか思えないのよ。
もっと自分を大切にして、気持ちよく生きられるように努力したらいいと思う。
人の目を気にするあまり、自己主張が度を越えてしまったり、人の目を集めたいばかりに自慢話が度を越えてしまったり…
そういうのが気にならない人もいるんでしょうけれど、私は気なるわね。
何より不快になるわ、ホント。
だからね、ブログと言えども私は注意するようになったのね。
よく考えてから書こう…そう思うようになった。
幸い、ここに来て下さる方々は友好的な方達ばかりだし、何より相手の事を思いやる気持ちをちゃんと持ち合わせている人達ばかりなのでね、私はこうしてのびのびとやってられるんだけど、そうしたくても出来ない人達がまだまだ居るって事に気づきましたよ。
多いですね、ブログ炎上。
言葉と言葉の戦争…そんな感じがしますよ。
身体に負う傷とは違い、心に負う傷ですからね。受けた方はたまったもんじゃないと思いますよ。弱い方とか、控え目な方、そしてつつしみ深い方などはすぐにやり込められてしまう。
被害にあっている方達全てが真の意味での「被害者」だとは思いませんけど、だいたいにおいて攻撃してくる人って執念深いわよね。
そしてそれらの人達ってのは、必ず対人レベルで物事を考えている。
人より上に在りたい、人より沢山持っていたい、などなど、とにかく対人で物事を見ているから自分というものが見えてない。
だからちょっとでも間違いを指摘されるとそれだけで簡単にその人を疑い、憎み、そして挙句の果てには潰してしまわないと気が済まない…とね、こういう構造が出来上がってしまうんですよ。
私も以前、同じような体験をしたわけだけど、考えてみればそれは単なる「やっかみ」から来たジェラシーみたいなもので、言っている本人はそれすらも気づいてないから逆ギレして始末に負えなくなってしまったという…なんともお粗末な展開になってしまったのだけれど、それはそれで良い経験だったと思うようになったわね。
考えられない事を平気でする人、言う人っていうのが実在するんだと判っただけでも良かったわよ。
私は日陰を歩いて生きてきた人間じゃないから、そういう暗い部分を持った人と接触する事で世の中の複雑を知る事ができたわけだし、みんながみんな私に優しいだけではない、という事を思い知らされたので、とっても良い薬になったのね。
正直に言うと、私は今までちやほやされて生きてきたのでね、つい最近まで、、、まあ結婚する前までは超がつく我がままな娘だったのよ。
そしてその我がままがまかり通ってしまったから、本当の意味での苦しみを知らなかったのね。苦しい事もあったけど、それらにはちゃんと理由とか原因があったから、自分なりに解決できたけど、そうじゃない場合もあるって事、ブログをやって初めて知ったのね。
私がブログをやっていてやりたいなと思ったこと…それは多くの人達と仲良くしていきたいという事ね。
このブログを始めて知り合った
まりすけちゃんね、実は私は以前から知っていたみたいなのよ。
彼女の方は憶えていてくれたのに、私はまるきり憶えていなかった。
興味のある人間としか付き合わなかったから…そういう人間だったからこそ、多くの出会いを無駄にしてきたんだと思うのよ。
だから今は、昔できなかった事をしてみよう、そう思ってる。
たかがブログ、されどブログってね。
私はこの場を大いに利用して、できるだけ沢山の人と和を結びたいと思うわね。
それだけよ、それだけ。
↓いつもありがとね♪

