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小説公開その4

「天然は天然であって、あくまでも天然である」3−1

ウダム





6畳一間のアパートに帰ってみると、部屋がやけに狭く感じた。
いつもなら気ままな独り暮らしだから、狭くても気にはならなかった。
けれど、人間がもう一人そこに居るだけでいつもの自分の住処ではなくなる。
それに、普段にない甘い香りが部屋を占領していた。
居心地の悪さを感じながらも、私はつとめてリラックスした声で彼女に言った。
「なにか必要なものはある?」
私が背広を脱ぎ捨てたのを見習って、彼女も上着をそろりと肩からおろす。そして持っていた赤い小さなバックを足元に置き、無遠慮にぐるりと部屋を見渡しながら言った。
「ううん…特にないよ」
心配しないで、と言う彼女の声が少しかたく感じたので、私は鼻で笑ってやった。
「何もしないよ」
「うん、わかってる…ただね」
「何?」
「慣れないだけ…」
その言葉に私は首を傾げた。
商売女のくせに「慣れない」とは何事だ。
蔑むつもりはなかったが、つい言葉が口を突いて出てしまった。
「は…今さら」
慣れないと言うのなら、こちらの方がよっぽど慣れていないのだ。
ああして女を家にあげること自体、自分には珍しいことだったからだ。
それまで女とまともに付き合ったことなどなかったし、付き合ったとしてもほんの束の間で、女が私の財布をあてにするようになる頃には付き合いは終わっていた。
タクシー代をケチったばかりに、こうして予想もしなかった異空間に放り出されたのは私の方だ。居心地の悪さで言えば、商売女の彼女なんかより私の方が上だ。そう自分に言い聞かせるようにして、私は言葉を続けた。
「男の家に泊まることなんて日常茶飯事だろ?」
「うん、そうだよ」
即答だった。
なぜだろう…私は一瞬言葉に詰まってしまった。
彼女の言葉は予想通りだったというのに、いったい私は彼女になにを期待していたのだ?
そんな動揺を悟られたくないために私は急いで言葉を繋いだ。
「だろ?しかも俺は君になにも求めていない。それに明日はちょっとした旅行に行くんだ。だから悪いけど朝一番で君にはここを出て行ってもらわなければならない」
「旅行〜?」
ネクタイをほどいている私を見上げながら、彼女が興味あり気に聞いてきた。小さな瞳は、まるで子供のように邪気がなく、そして澄んで見えた。
「…ああ」
私は短く応えて彼女から目をそらした。
けれど、その視線は彼女の顔からゆるやかな曲線を描いた身体へと移っただけだった。
室内の温度が高くなったようで、額に汗がにじむ。
ここに来る途中また蚊に刺されたのか、彼女はしきりに足首のあたりをポリポリかいていた。足の爪には綺麗にマニキュアが塗られている。
私は目をこすってから、いつもは一つしかつけない蛍光灯を見上げ、おもむろにもう一つをつけた。
「そう明日…正確には今日だな。なんか食うか?」
「いらな〜い。どこ行くの?」
「日光」
彼女が手を口に当ててクスクスと笑いだしたので、私はムッとして彼女を見おろした。赤いワンピースの胸元が大きくあいており、胸がこぼれ落ちそうなぐらい目立って見えたのを憶えている。
「なんだよ…なにがおかしい?」
すると彼女は、ごめんと小さく謝ってから舌をちろりと出して見せた。
「日光ってぇ…修学旅行ってイメージあるから〜」
「悪かったな…俺はその修学旅行に行ってないんだ」
貧しくて行けなかったということは彼女に言わなかった。そういう深い話をする間柄でもないし、そんな湿っぽい話で誰かの同情をひくようなことだけはしたくなかったからだ。
けれど。。。
「あ…おんなじぃ〜。あたしも行ってなぁい」
彼女は片手をあげて嬉しそうにそう言った。
「貧乏だったから行けなかったんだぁ…もしかしておんなじぃ?」
ああ、そういうことか。。。
これを俗に言う運命の出会いと言うのならそうなんだろう、とぼんやりと思ったものだ。
しかし、そういうところで接点を同じにした人間同士は必ず同じようなところでその関係を崩してしまうものだ。
昔は裕福な地域に住んでいなかったから、そんな輩がうじゃうじゃ居た。
特に友人関係などは典型で、ずいぶん苦い思いもしたものだ。
だから私は同士面して嬉しそうにそう言った彼女を不快に思った。いや、思うように自分を仕向けたのだ。
「だからなんだ?」
鋭く返した私に対して、しかし彼女は欠伸をこらえながら、「なんだろ…わかんなぁい」と言い、洗面所に消えて行ってしまったのだ。
「ちっ…」
まるで肩すかしを食らったような感覚だった。
身体の奥でうずきだした厄介な感情をおさえるために戦闘態勢に入ったというのに、拍子ぬけしてしまったのだ。
私はおもむろに部屋の隅に敷きっぱなしにしてある布団に視線を侍らせた。そしてその横に置いてある小さなボストンバックを見つめながら、ボーッとしている自分にハッとした。


彼女と旅行に行くのも面白いかもしれない。
そう思ったのだ。
面白い…そのように思ったのは初めてだった。
私は彼女に興味を持った。
その事実だけはどうにか認めた。



※ヤバスヤバスなんだか長くなりそうな予感wwwwいやいやそうはいきませんっ☆コレ、とっとと終わらせます!なのでもうちょっとだけ我慢してくださぁぁぁい(泣



↓ランキンぐぅ〜(あ〜あ…)
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小説公開その3

「天然は天然であって、あくまでも天然である」2−2

ウダム





―――好きにしてくれ。
天然女に言ってはいけない言葉だ。
案の定、彼女は「好きに」喋りまくった。
話は彼女の身の上話に移行しており、私の気持ちもいくらか落ち着いてきた。
どこにでもある苦労話で、同じように苦労してきた私にとっては然程驚くことでもなかったので、適当に相槌を打ちながらカップめんを数個カゴに入れた。
別に買いたくもなかったのだが腹が減った時に役に立つし、常備しておいて損になるものでもない。
レジで金を払う間も彼女は私の横で喋り続けていた。
私を見上げるその瞳があまりにも無邪気だったので、「黙れ」という一言が出なかったのだ。
「ねぇ〜どうするぅ〜?」
待っていたタクシーの前で彼女がそう訊いてきた。
「どうするって…なにが?」
「本当にいいの〜?…このまま…」
試すように見つめられて、一瞬、言葉を失った。しかし料金メーターが視界に入り、現実に戻された。
「…勘違いするなよ…そんなんじゃない」
そうだ。
そんなつもりで彼女を家に連れて帰るわけじゃない。
「このまま戻るより安上がりだからそうするまでだ。朝になったら電車にでも何でも乗って帰ればいい」
「うん、そうだね」
言いながら、彼女は親しげに腕をまわしてきた。
けれど私はそれを拒まなかった。

あの時、あのまま彼女を送っていれば…
店のママから貰った金には約二千円ほど足がでた。
けれど彼女を自宅まで送っていたら、もう数千円ほどかかってしまう。
しかし、数千円のタクシー代を犠牲にしてでも彼女を送っていくべきだった。
思えば彼女は最後にもう一度、チャンスをくれていたのだ。
しかし私は、そのチャンスを見逃してしまった。

「さあ、はやく乗って…ぐだぐだ言ってる間にもメーターは上がっていく」
自分の言葉が自分のものでない気がした。
私は……なぜか焦っていた。
運命の歯車が回りだした瞬間だったのかもしれない。







※ちょっと色々あって間があいてしまいましたが、とりあえず残りの部分だけは書き終えましたよ。この続きとなる3−1はほとんど出来ているのですが、ここに来て見直しをしてみようと思いました。なのでまたゆっくりペースで進むことになりそうです。
実は私、書くの遅いんですwwwwwwww
あ、でも必ず終わらせますんで、ヨロシクでございます♪




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小説公開その2

「天然は天然であって、あくまでも天然である」2−1

ウダム




なぜあんなことになってしまったんだろう…私は考えた。
あの時、彼女を連れて帰らなければ…いや違う。今になって思えば、金だ。金が原因していたのだと判る。当時の私は金に執着し過ぎていた。ほんの数千円をケチったばかりに、厄介な問題を抱えてしまったのだ。
あの時―――金を使っていれば。


彼女のために一度コンビニに立ち寄り、必要な物を買ってやった。そして待たせておいたタクシーに乗り込むと、メーターが驚くほど上がっていた。
そりゃそうである。
コンビニにつくなり、トイレに行きたいと言いだし、待つこと5分。そしてトイレから出てきた彼女は、お望み通りの物を手に入れた。勿論、支払はこの私だ。そしてまたトイレに入ったのだ。
「なんで二度も入る必要があるんだ?」
トイレから出てきた彼女に私は訊いた。
「ん?服が汚れているかいないか、確認したかったの〜」
「…………」
女ではないからわからないが、月のものが来ると女はそういったことまで気にしなくてはならないらしい。それにしてもまだ納得がいかなかった。
「必要な物を買ってからトイレに入れば良かったんじゃないのか?そういうのを二度手間と言うんだ」
私はしつこく食い下がった。
すると彼女は、したり顔であれやこれやと大きな声で「月のもの」について説明しだしたのだ。勿論、そんな話には興味もなかったし、そのまま店を出て待たせてあるタクシーに乗っても構わなかったが、そうするのも躊躇われた。
彼女の話は途切れることなく、延々と続きそうな予感がしたからだ。たとえタクシーに乗っても彼女は話を終えてくれそうにもないし、そんな話を運転手と二人でじっくり聞いてやるのもごめんだった。だから私は彼女の話が終わるのを見計らってから店を出ようと思っていた。
そんな私の気持ちも知らずに、彼女は喋り続けた。
私はこれ見よがしに腕時計を見た。店に入ってから軽く十分は経ってしまっていた。舌打ちをしても彼女は気づかない。それどころか益々ディープなところまで「女体のしくみ」について話し始めていた。
店内には学生らしき青年と、サラリーマン風の男が本棚の前で立ち読みしていて、私達の会話になど興味もなさそうな素振りをしてくれていたが、それでも私は恥ずかしくて仕方がなかった。
私は、延々と続いた彼女の「講義」に適当な相槌を打ちながら、欲しくもない商品に視線を侍らせた。
相槌は打っているものの、その話に興味がないことを示したつもりだったが、彼女は視線を合わせようとしない私の顔を下からのぞき込みながらも話を続けた。まるでクモの巣が顔にくっついた時のような不快感だった。
「…ちょっと…なあ…もうわかったから…」
言いながら、私は人差し指を口元に当てた。「しぃーっ…声が大きいよ」
「だってぇ〜一色さん、ちゃんと聞いてくれてないんだもん…」
「わかったよ…聞くから、聞くからもうちょっと小さな声で…な?」
「うん!…それでね〜」
この後、再び彼女は「月のもの」について講義を始めのだ。
人によって辛さは違うだの、そういうことだった。店を早退したのはママの配慮だったらしい。
「ああ、そう」
私はどうでもいい返事をした。
「うん、それでね〜、多いときは大変なんだぁ〜、この前なんかさぁ〜」
正直、彼女の口をこの手でふさいでやりたい衝動に駆られたが、公衆の面前で誤解を招くようなことはしたくなかった。だから私は彼女の声を振り切るようにして店内をぐるぐると歩きまわった。そうすることで、彼女の話し声が拡散されるとでも思っていたのだ。
しかし彼女の話し声はいつまでも背後につきまとった。
やはり頭の悪い人間は察しも悪いらしい。私が指を口元に当てた時点で気がついて欲しいと思ったのが大間違いだったのだ。
私は彼女にその話自体を止めて欲しかったのであって、彼女の声の大きさなど、どうでも良かったのだ。はっきりと、その話は止めてくれと言うべきだったのだ。こちらの表情や反応で察してもらおうなどと思ったのが間違いだったのだ。
特に彼女のような女にははっきりと言わなければならない。今ならそう断言できる。
彼女の「講義」は続いた。かれこれ2時間ぐらいは聞かされているような気分になってきた。
そう、私は心底うんざりしていたのだ。
「いい加減にしてくれっ」
私は声をおさえて、絞り出すようにそう言った。
「俺には関係ない話だ…もういいから…わかったから…やめてくれ」
私の懇願が通じたのか、彼女はきょとんとして私を見上げていた。その顔が意味もなく怒られている子供のように見えて、ほんの少しだが罪悪感を覚えた。
だから、思わず口を突いて出たのが心にもない言葉だった。
「…ごめん」
なぜ謝るの?あなたは悪くないよ…というような言葉を期待していたのかもしれない。だから心の中では納得がいかないまま、とりあえず謝ってしまったのだ。
けれど、彼女にそんな私の複雑な気持ちなと解かるはずもない。
彼女は「あ、そっか!」とわけのわからないことを言いだしたのだ。
「ごめん」に対して「あ、そっか!」という会話は成り立たない。私は首を傾げた。
「一色さんとあたしは関係のない間柄だもんね。だから関係のない人から話をされても関係ないんだもんね…そっか…そういうことか…関係ないのよね…」
と、言いながら泣きそうな顔をして見せた。いや、泣いてしまったのだ。
これには私も驚いた。
女の身体のことはよく知らないが、なにかと不安定な気持ちになるらしいということだけは知っていた。人によっては万引きなど、犯罪に手を染めてしまう者もいるらしい。彼女はそういう時にあるんだ、そう自分に言い聞かせて無理やり納得した。
けれど私の心は消化不良のような状態になっていた。
不快な思いをしていたのは、むしろこちらの方だ。店に入ったときから彼女の妙な話に付き合わされ、挙句の果てにはコレだ。私の方こそ不安定な気持ちになっていてもおかしくない状況なのだ。それなのに、女だからといって何でもかんでも許されるのは……そう、不公平だと思ったのだ。
せめて、勝手に絡み合ってしまった彼女のお頭の中に、この私という存在を織り込ませないで欲しいと思った。私は関係ないのだ。それだけは確実に事実だった。
「おい…ちょっと待て…おい…」
キャサリン?…と言おうとしたが、呑み込んだ。
どこから見ても日本人だというのに「キャサリン」と呼ぶには腰が引けたからだ。飲み屋では普通に呼べていた名前でも、一歩外に出ると呼べないものだ。
私は声を低くして「…君…ね、話が違う方向に行ってるんだよ…わかる?」と言った。すると彼女は涙目のまま首を大きく振りだした。
「馬鹿だもん…わかんないよぅ〜」
その声は震えていて、今度こそ周囲の注目を確実に浴びてしまった。本棚の前で立ち読みしていた青年と男が同時に振りむいた。雑誌などより面白いものを見つけたぞと言わんばかりの表情である。
私は途方に暮れた。
「もう…いいよ」
そしてその日限りのどうでもいい女をまじまじと見つめた。
「…好きにしてくれ」



つづく


※ちょっとこれから学校に行かなければなりません。すみません〜(^^ゞ帰ってきたらコメントを書きます★ではでは〜。


↓お疲れ様です&ありがとうございました★
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小説公開

タイトル
「天然は天然であって、あくまでも天然である」


                             ウダム






世の中では「天然女」がなにかともてはやされている。
無垢で可愛らしいというイメージが定着しているからであろう。
そして、男達はそんな女に弱い。
しかし男達よ、本物の天然女に会った事があるかと私は聞きたい。
そして、そんな女に翻弄されてみたいと本気で思っているのかと私は聞きたいのだ。



あれは数年前…もう何年という、はっきりとした数字さえ思い浮かばないぐらいの数年前という事だが―――。
ある日、私は近所の商店街のくじ引きでハワイ旅行を当てた。
しかし当時の私は会社に勤めたばかりで、毎日仕事をおぼえるだけで精いっぱいだった。勿論、彼女と呼べる女も居なかった。
だから、ペアで5日間のハワイ旅行は、正直、有り難くもなかった。
そんな訳でそのチケットを友人に売ることにしたのだ。
友人は一緒に行こうと誘ってくれたが、男二人でハワイ旅行に行く気にはなれなかった。その友人とは、それきり会っていない。
つまり、決別したのだ。
無邪気に男同士でハワイに行こう、などと言ってきたのが気に食わなかったのかもしれない。いや、そうではなくて…彼の無邪気さに腹が立ったのかもしれない。
私はそういう人間だ。
さほどの苦労もなく、ただ無邪気に笑っている人間が嫌いだった。
奴らはつまり…半端者なのだ。
適度な苦労と適度な幸せを知っている半端者。笑うという余裕をまだ持ち合わせている程度の人間とは肌が合わない。それだけの事だ。
しかしながら、友人の嬉しそうな顔は今でも憶えている。彼の屈託のない笑顔…嫌いだったが、憶えている。


数週間後、その友人にチケットを売った金で、私は小旅行を計画した。
行先は日光。
8月も終わり、ようやく9月に入ったばかりである。旅にはもってこいの季節でもあった。
有給を使わず、土日にかけての一泊旅行。
些細な旅行だったが、私にとっては初めての旅行でもあった。
子供の頃から貧しく、下町で小さな工場を営んでいた両親の苦労を知っていたので、贅沢はいっさい言わなかった。自分の誕生日でさえ、祝ってもらったことがないほど貧しかったのだ。ましてや旅行なんてものは自分の生活には無いものだと思っていた。だからその旅行は思いのほか、楽しみにしていた。地図や下着、安物ではあるがカメラも…そんなものを用意するのがとても楽しいことだと初めて知った。
安物のタンスに取り付けられた姿見に、浮ついた顔の自分が映っていたのを憶えている。食べる物はできるだけ質素に、着るものは清潔さを第一に考えて、たとえそれが安物であっても構わなかった。大事なのは金。それだけだった。そしてそれが現実であることの証であると思っていた。そういう生活をしてきたせいか、膨らむ一方の貯金通帳とはうってかわって、持ち主である自分の姿は痩せこけて顔色も悪かった。
けれど…この冴えない顔も、たまにはいい顔に見える時もあるものだ。
見ようによっては細面の顔でもあるし、窪んだ目も彫りの深い造りにも見える。栄養状態が悪かった子供時代を経てきてもなお、背丈は伸び続けてくれたのだ。
なんとも晴れやかな気分だった。
旅をする。
それだけのことだったが、私の人生において、これほど心躍ることは無かった。
私は荷物をチェックするためにもう一度、鞄の中身を確かめた。
そうして旅の支度をしながら、ふと、両親のことを考えてみた。
当たったチケットを彼らにあげれば良かったとも思う。
けれど、貧乏生活から抜け出したい一心で、家業を継がず家を飛び出してきたのだ。まだ彼らに堂々と胸をはって会えるほど出世もしていないし、あの場所に帰ったら最後、泥沼に足を取られてしまうようで怖かった。彼らの人生と自分の人生を切り離して出てきたのだ。もう戻れまい、そう思ったからこそ、どうでもいい友人にチケットを売ったのだ。


そして忘れもしない旅行の前日。
その日はしっかりと残業をし、上司の機嫌を損なわなぬよう、飲み屋では盛り上げ役に徹した。準備は万端。別に会社に迷惑をかけているわけではないが、正々堂々と旅行を楽しみたかったのだ。
しかしそう思った矢先、厄介なことに巻き込まれた。
―――女だ。
しかも世に言う「天然女」。
上司と行った飲み屋で働いている女で、源氏名はキャサリンというふざけた名の女だ。しかし、ポッチャリとして女らしい体つきをしているわりには東洋人とはかけはなれた、どこか異国風の匂いのする女だった。
いや…正直に言おう。そんな品の良い言い方では彼女を語りつくせまい。
俗に言う、ダイナマイトボディというやつだ。身体だけは確かに極上だった。
そう、身体だけは…。
だから彼女は上司のお気に入りだった。
その上司だが、助兵衛根性が逸りすぎたのか、注がれる酒を断ることができずに飲み続け、ついにはつぶれてしまっていた。
そしてそれはいつものパターンだった。
ここで会計を済ませて上司のためにタクシーを呼び、その日は終わるはずだった。
しかし―――。
「ちょっと待って、一色さん。この子も連れて帰ってちょうだい」
店のママにそう言われて、私はキャサリンを連れて帰ることになったのだ。
見ると彼女はすでに下着のようなワンピースの上に薄っぺらいコートを羽織っていた。手には服と同じ赤いバックを持っていて、帰り支度は万全のようだった。
「なんだかなぁ…」私は呟いた。
まだ店内には客がいるというのに、女の子を帰してもいいのだろうか。
するとその疑問に答えるかのようにして、ママが頷いた。
「いいのよ、いいから……ね?」
お願い―――そう言われてしまえば断れなかった。
別に下心があったわけではない。
帰りのタクシー代は払うから、とママに言われたからだ。酔っ払いの多い最終電車に乗って、さらに駅に置いてある自転車で自宅まで帰ることを思えば、ママの申し出はかえって有り難くもあった。
客の男達の羨望のまなざしを背に受けながら、私は酔いつぶれた上司と、まるきりシラフな彼女を連れて店を出た。

あの時―――。
あの時、彼女を連れて店を出なかったら…。
そう思うが、たかが女ひとりで自分の人生が変わるなど思ってもみなかったのだ。
若さゆえの愚かさか…。
そう言ってしまえば楽になれるだろうか。

いつもながら、酔った上司を送り届けるのは辛抱が要る。けれど、ひきつりながらも笑顔を向けて門扉の前で待っていてくれる彼の奥さんの顔を見れば、そんな苦労もふっ飛ぶというものだ。その日も無事に上司を送り届け、私はホッとしていた。
しばらくして、運転手が「お次はどこへ?」と訊いてきた。
私は、隣に座っているキャサリンに住まいを訊いた。
すると彼女はきょとんとした顔で「お店の近くだよ〜」と言った。
「なんだって?」
私はあからさまに眉間にしわを寄せた。
けれど、なんで最初に言わなかったんだ、という言葉は呑み込んだ。出発前に行先を訊かなかった私が悪いのだ。だからイラつく気持ちをどうにかおさえることができた。
「仕方ない、逆戻りしよう…場所は?」
「お店の隣〜」
「くそっ!」
タクシー代としてママに貰ったのは一万円。上司を送り届けた時点で残っているのは四千円弱。また戻って彼女を送り届けたら約二千円の足が出てしまう。おまけにもう終電も無くなっているから、自分の家に帰るには自腹を切ってタクシー代を払わなければならないのだ。
私は彼女に聞こえるように舌打ちをしてやった。
明日は旅行だというのに、厄介な荷物を請け負ってしまったものだ。
「ねぇ〜ぇ、一色さん〜」
彼女が指で撫でるようにして私の腕をつついてきたが、私は無視した。
考えている時にちょっかいを出されるのが一番嫌いなのだ。そういう事を平気でしてくる人間は揃って頭が悪い。
それに、間が悪い人間は何においても下手をする。
そして相手に必ず不快感を与える。そういうものだ。
案の定、彼女は私の神経を逆撫でした。
「ごめんね〜、怒ってるぅ〜?」
間の抜けた甲高い声でそう言った彼女は、心配そうに私の顔をのぞきこんできたのだ。
「…まったく」
吐き捨てるように言った私を、それでも彼女はわけが解からないといった顔で見ていた。
色白だが目も鼻も口も小さい彼女の顔は、一度会っただけでは憶えられそうにもないほど地味に見えた。色素が薄いせいもあって、髪は赤く、所々には金髪のような毛も混じっている。短く切りそろえられているが、くせ毛なのか、その髪は四方八方を向いていて、まるで洒落た感じがしない。
よくもまあ、この顔で水商売ができたものだと感心すらしてしまったものだ。
顔だけ見ていると、飲み屋の女というより、しょんべん臭いガキのような雰囲気を持った女だった。
よりによってこんな女のために自腹を切るのか?
益々、腹が立ってきた。
彼女を送り届けて、その足で自宅に帰ったとしても約五千円の自腹は覚悟しなくてはならない。
理不尽だ。
全くもって理不尽だ。
そんな思いが彼女に通じたのか、キャサリンはおもむろに妙なことを言いだした。
「あたし〜、ここで降りてもいいよぉ…」
「………は?」
思わず目を向けると、彼女の髪の先が顔に触れるほど近づいていた。私は片手で彼女の顔を押しやった。
「なに言ってるんだ…歩いて帰れるとでも思ってんのか?」
あまりのアホさに怒りも半減してしまい、私の声は弱々しく聞こえた。けれど彼女は、笑みを浮かべたままだった。笑顔まで地味な女だったのを今でも憶えている。
「うん!帰れるよ。歩いてれば必ず着くし〜」
馬鹿じゃないのか…そう言おうとした時、タクシーの運転手のイラついた声に遮られた。
「メーター上がっちゃうよ、お客さん」
確かに。
親しい間柄でもない女のために金が無駄になっていく。ミラー越しに見ると、運転手は意味ありげな視線を私によこしてきた。
不本意ではあるが、まどろっこしいやりとりをしている一組の男女程度に思われているのだろう。言い訳してやりたい気持ちもあったが、言い訳するにもメーターはどんどん上がっていく。金の無駄、時間の無駄をあれほど実感したのは初めてだった。
私は迷わず彼女に告げた。
「俺の家に来てもらう」
そうすることで財布が痛まなくて済むのだ。
まるきり世間を知っていなさそうな若い女ではあったが、不思議と罪悪感は持たなかった。
どうせ飲み屋の女だ。
客としけこむのは日常茶飯事だろう。
すでに上司も手をつけているに違いない。
いや、上司だけではない。おそらく何人もの男がこの女の世話になっているはずだ。
運転手の手前、彼女のために世間体を気にしてやるのが男として当たり前のことなのだろうけれど、この女に限ってはそんなものは必要ないと思った。
実際、彼女は私の言葉に対して無防備にもあくびをしながら「うん、いいよぉ〜」と言ったのだ。
それは予測していた答えだった。
しかし同時に、ある種の違和感も抱いた。
そう言えば―――店のママが愚痴をこぼしていたのを憶えている。
「あの子、使えないのよねぇ…辞めてもらっても構わないんだけど」
なかなか辞めてもらえなくて―――そう言っていたのだ。
なるほど。
そういうことか…。
適当な男を見つけて、さっさとねんごろになってもらえれば都合がいい。そういうことだったのか。
しかし誰でもいいわけではない。
私のように社会人に成りたての、真面目な男なら簡単におちると思っていたのだろう。
そうはいかないぞ。
いくら若くても、人より苦労を重ねてきたのだ。
それぐらいの罠にはまってたまるか。
こんな女、朝になったらとっとと追い出してやる。
そして自分は晴れ晴れとした気分で旅行に行く。
そうするつもりでいた。
下心など微塵もなかった…はずだ。
それなのに。
「ねぇ〜ぇ、一色さぁん」
彼女が鼻から甘い声を出すようにしてすり寄ってきた。
豊かな胸のふくらみが、腕に心地よい感触を残したのを今でも鮮明に覚えている。
そして組んだ足をほどいた時、赤いワンピースの裾が少しめくれたのだ。
ほんのり淡いピンク色をした太ももには赤い小さな点がポツリとあった。
蚊に刺されたのだろうか、少し盛り上がっていた。
それがなんともだらしなくて、そしてエロティックに見えてしまった。
私はかすれた声で運転手に行先を告げた。
ミラー越しに運転手と目が合い、彼は合点がいったように頷いてから、車を発進させた。
自宅に帰るよりいい場所がある。
けれど、そうするには少々金がかかりそうだ。
もう一度、女をちらりと見てみた。
同時に頭が痺れたような感覚に陥る。
私は生まれて初めて金のことを考えるのを止めた。


しばらくして、彼女が再び甘い声で話しかけてきた。
「ねぇったら、ねぇ〜ぇ」
幼さの残る彼女の顔を見ないよう、前を向いたまま、私は返事をした。
「なんだよ…」
「お願いがあるのぉ〜」
そら来た。商売女の得意技だ。その一言で目が覚めたような気分になった。
私は身構えた。
どこかの馬鹿な男みたいに「何でも言ってごらん」などとは言わない。
かわりに「図々しいのは迷惑だ」と言ってやった。今度はしっかりと彼女の顔を見た。
しかし彼女は顔色を変えるでもなく、ただもじもじとしている様子だった。
発育しすぎた身体を抱えるようにして両手を膝の上に乗せている。
ちらりと上目使いに見上げたその顔は、やはり幼すぎて見えた。
その罪深い存在を滅茶苦茶にしてみたいと思った。
私は言った。
「何でもいいから…言ってごらんよ」
すると彼女は頬をほんのり朱に染めて「コンビニに寄って欲しいんだけど〜」と言った。
「…え」
なんとも安上がりな女だ。腹がすいていたのだろう…それにしてもコンビニとは随分と質素で有り難いと私は思った。
「ああ、そういうことか。なら、何でも買ってやるよ」
「うん、ありがと」
彼女は無邪気に笑った。しかしなぜか、その無邪気さに腹は立たなかった。
「…いいよ、別に」
「そ…じゃあ買ってもらっちゃおっかなぁ…」
どうせ高くても1000円もしない弁当を買わされるのだろう。これから起きることを考えれば安上がりだ。私は愚かにもそう思っていたのだ。
だから声が上擦らないように注意しながら、さりげなく応えた。
「うん…いいよ」
そして応えた後、自分の愚かさに打ちのめされそうになったのを憶えている。
彼女は言ったのだ。
「タンポン買いたいのぉ〜」…と。
運転手が小さく咳き込んだ。
私は行先を変えてもらうべく、肩を震わせている彼にそう伝えた。
自宅への道のりがやけに長く感じた。


つづく



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